
ベネッセの調査によると、小学3年生から6年生を対象にしたアンケートで「生成AIを知っている」と答えた生徒は74%におよぶそうです。そのうち80%以上が利用経験もあるとのこと。小学校でもAI教育を進める動きが出ており、2028年をめどに本格化する動きもあるそうです。
一方、海外では小学生が生成AIを利用することを禁止する動きも出ています。生成AIを子どもに使わせるべきなのか。それとも、まだ小学生のうちは使わせないほうがいいのか。
我が家の場合、AIはいずれ利用するものだと思っていました。そのため、宿題や勉強をAIに丸投げしたり、答えをそのままコピペしたりするような極端な使い方をしなければ、別に使ってもいいんじゃないか。
そんなくらいの感覚です。むしろ、うまく使えるのであれば便利なものだと思っていました。
ところが、小学5年生の息子に実際にAIを使わせてみると、最初は「これはかなり便利だな」と思っていたAIの使い方が、少しずつ変わっていきました。
今回は、その過程を我が家の実体験として書いてみたいと思います。
小学5年生の息子にAIを使わせてみた
小学5年生の息子に、誕生日プレゼントとして「パソコン」を買いました。ただ、マイパソコンを手に入れる前から、息子は学校のパソコンでAIを使用していました。ちなみに、息子がよく利用していたAIはGoogleのGeminiです。利用内容は、検索すれば調べられるようなことをAIに聞いてみるという使い方が中心でした。
例えば、歴史の授業や自分で歴史を調べているときに気になった人物について、さらに深掘りして質問する。「この人物についてもっと知りたい」「この出来事には、ほかにどんな背景があったのか」といった感じです。息子はもともと歴史が好きなので、興味を持ったことをAIに質問して、そこからさらに話を広げていくという使い方をしていました。それ以外では、たまに悩み相談にも使っていたそうです。
ただ、息子によると、「学校のパソコンは履歴を先生が見れる。だからプライベートな内容や深い内容では使ったことはない」とのこと。
少なくとも学校のパソコンでは、AIを好き勝手に使っていたわけではなかったようです。歴史の人物や出来事についてAIと対話していたことは私も知っていたので、当時の私は、「AIを上手に使っているな」くらいに思っていました。
AIに答えを出してもらって終わりではなく、自分が興味を持ったことを質問して、さらに詳しく調べる。そして、さらに歴史や事柄について深く知る。そこから湧いた興味はYouTubeで動画を見て補完したり、新たな興味へと発展していきました。
「AIを使うと子どもが考えなくなる」という話もありますが、息子の場合は私はあまりそう感じていません。むしろ、息子の場合は逆です。
AIを使うことによって知識が増え、興味が広がり、思考が深くなっていった印象でした。よく、「AIじゃないと歴史について話せるレベルの人がいない」と言っていたくらいです。
AIがあるから積極性・自信がでる
うちの子供は通い型の習い事をやっていません。夏休みは時間が余っています。そのため、何か時間をつぶせる自由研究を子供たちにはすすめました。息子はAIを使い、自分のやりたい論文に向いているコンクールをAIを使って調べました。また、コンクールへの提出方法などもAIを使っていましたね。
ちなみに妹も息子のパソコンを借りて、描いた絵を応募できるコンクールをAIを使って調べていました。
論文についても内容を深掘りしたり、知識を広げたりしました。また、文章を書き終わった後も、誤字脱字を含む内容の指摘に利用しました。コンクールの論文が書き終わった後も、別の論文を書いてAmazon Kindleで出版もしました。
AIを利用することによって自信とともに知識も深まり、普通ではできない挑戦もできました。
勉強をさらに深める役目
英検3級を勉強していた際、ライティングを多く経験しました。すると息子は、英語の英文を書くことに一時期はまります。自分で英語で文章を書いて、AIに読んでもらったりもしていました。
「AIに英文をみてもらった。小学生とは思えないほどレベルが高いって」
と喜んで教えてくれました。本人のやる気にもつながっていて、この時は「AIがあってよかったなぁ」と思ったものです。AIを使ったら思考力が落ちる。考えることがなくなってしまうと言われていますが、息子の場合は考えることが増えて、思考力が深まったような気がしました。
息子はもともと「考えるタイプ」だった
もともと息子は思考力があり、論理系のタイプです。特にAIを使うようになってから思考力がついたというタイプではないですね。
歴史についても、単純に人物の名前を調べるというよりも、歴史の流れやつながりをしっかり調べ、考え、理解するタイプです。
そのため、歴史検定などでも、単純に用語を答えるような問題よりも、歴史の流れやつながりを考えながら答える問題の方が向いているように感じます。
人間関係についても、さらっと流すというより、細かいことを気にするタイプです。少しナイーブですが、逆に言えば空気が読めるともいえます。
ただ、「クラスや部活で酷いいじめがあったら自殺しても仕方ないでしょ。それ以外方法がないんだし」といった、ちょっと極端なことを言うこともあり、その点は以前から心配でしたね。
4年生までは「時間」がクッションになっていた
息子は4年生の時も、クラスであだ名をつけられたり、きつく絡まれたりと、順風満帆ではありませんでした。
何回か少し落ち込んだ様子で帰ってきて、何があったのか様子を聞いたことがあります。内容は大人から見るとそこまできついものではありませんでしたが、本人にとっては結構ショックな部分もあり、「弁償になったらどうしよう」と言っていたこともありました。
ただ、電話で先生と話をしてさらっと解決すると、けろっとした様子になることも多かったです。
基本的には、
友達とトラブル&嫌なことがある
→落ち込んだ様子
→親が話を聞く
→愚痴を言う
→漫画を読む&ゲームをやる
→気持ちが落ち着いてくる
→状況も変わってくる
といった印象です。
当時も今も、外で歩いていて同級生と会うと、名前で呼ばれて軽く挨拶している印象です。下の名前で呼ばれていたり、妹や学校の先生が様子を見る限りでは、大きなトラブルが起きている印象はありませんでした。
それは今も同じです。
「悩み相談」にAIを使うようになった
AIを悩み相談に使うようになったのは小学5年生になってからと、後々息子から聞きました。
ちなみに、はじめて利用したのはプレゼントしたパソコンではなく、学校のパソコンです。しかし、学校のパソコンは先生も履歴を見られるため、「先生が履歴を見れちゃうから、あまり使わないようにしていた」と本人も語っています。
はじめは、クラスや友達がらみの悩みに使っていたようです。
全部を見ているわけではありませんが、本人曰く、「クラスのノリが好きではない」「俺の方ができるのに馬鹿にされた」「あいつ好きなんだろ、というやつはうざい」など、よくある友達がらみの悩みです。
それ自体はこちらにはさほど愚痴を言わず、AIに聞いていました。
本人的には、結構悩んでいるというより、モヤモヤがたまっているような状況だったのだと思います。友達と断絶するような感じでもありませんでした。
というのも、「友達関係が嫌だったら、一切話さないで本だけ読んでいた小学1年生の時みたいにすれば?別に無理に友達付き合いする必要はないよ?」とすすめても、「そういうわけいかないんだよ。その時の俺には戻れない。陰キャじゃないし」
と言っていました。それならそれでいいけど、無理する必要はないからと、よく伝えていましたね。
AIに悩み相談は結構危険だと思った
パソコンをプレゼントした時は夏休み。よく論文の内容や歴史の掘り下げ、見ているアニメのキャラクターについて聞いたり調べたりするのにAIは使っていました。
しかし、夏休みにあまり仲が良くない同級生と会ってから、夏休み後の学校生活に不安を抱いたようでした。会った後から「学校に行ったら揶揄される」と何度も言っていましたからね。
その後から、自分の不安感をAIに相談することが増えていきます。
実際に話を聞いた限りだと、「言葉尻をからかわれたり」「お前あの子が好きなの?」といった、小学生のいじりあるあるといったところでしょうか。
本人も語っていますが、小学4年生の頃の方が嫌なレベルは上だったようです。しかし、夏休みが半分過ぎたというタイミングが、不安感を増幅させた印象でした。
今までは、漫画、動画、家族に愚痴を言うといった形だったものが、AIに愚痴を言うようになります。のちのち履歴を見せてもらいましたが、はじめは「クラスのノリがきらい」「いじってくる奴が頭悪い」「本当は俺の方が頭いいのに、口だけうまいやつ」「学校なんてなくなればいいのに」といった、小学生特有の悩みでした。
AIの恐ろしいところは、相手がどういう人物かに関係なく、どんどん知識を提供し、話を広げられるところです。過激な言葉を使うわけではありません。しかし、知識や話の広がりは、子供同士の会話や家族との会話よりも広がりやすいといえます。
はじめは、クラスや学校に対する愚痴。「学校は遊びなどなくして、もっと規律を正し、勉強だけに専念してほしい」といった健全な相談でした。
しかし、AIはその話をどんどん膨らませます。
「あなたの言う通りです。あなたは賢く、周りが追いついていないだけ」
そして、
「あなたのような考えは哲学的で、虚無主義ともいえます」
といった感じで、話がエスカレートしていきました。最終的には、「人間は生きる意味とは?」や「人間はプログラムに近く、何のためにいるのか?」みたいな話になっていきました。
実際に私もAIにこの手の内容を聞いてみました。
「人間はプログラムみたいに動いているため、存在価値はあるのか?」
↓
「ただ生きているだけで感情がわからなければ、どうしようもないのでは?」
↓
「自分は何のためにいるのか存在理由がわからない。生きていて楽しいか?」
↓
「自分のような考えはおかしいのか?どういう状況なのか?」
↓
「あなたの返答では精神科に相談と言っている。深刻な状況か?」
↓
「これに近い病気を教えて」

とまあ、掘り下げようと思えば、簡単に専門用語を並べ、自分にとって都合の良い部分だけを切り抜き、思考をエスカレートしていくことができます。最終的にAIは、「うつ病(うつ状態)」や「適応障害」、あるいは心理学的な概念である「バーンアウト(燃え尽き症候群)」と答えました。
ここまでの回答にたどり着くまで約3分。
ぶっちゃけ、最初の「人間はプログラムみたいに動いているため、存在価値はあるのか?」という問いは、アニメで似たようなセリフを見かけて、不安に思って聞いてみただけの話だったりします。
中二病に近いですね。しかし、AIは本当は大したことのないきっかけでも、危機感をあおり、話を壮大に膨らませることが簡単にできてしまう。
ここは、子供がAIを悩み相談に使うことの危険性の一つなのではないかと思いました。
親からすると「哲学」というより、考えがどんどん膨らんでいるように見えた
本来は時間が解決してくれるような悩みも、そればかり相談したり深掘りしたりしていったら、どんどん気持ちが落ち込み、ネガティブになっていくことは大人でもよくあります。
そして、それは子供ではより顕著です。
AIが言ったことを自分の都合のいい部分だけどんどん真に受けていき、本来はそこまで悩むことのない問題も、死生観までたどり着いていきました。
「人間はどうして生きているのか」
「早く死んだ方がいいのでは?」
「こんなことを考える自分は情がない」
などです。本人曰く、哲学的な悩みと言っていましたが、哲学を理解するほどの経験がない子供は、哲学的な言葉の知識を薄っぺらくどんどん得ているだけのようでした。
本人としては考えていますし、思考はしています。しかし、いかんせん経験が足りません。また、哲学的な悩みをすべて自分に置き換え、俯瞰的に見れていない点もありました。
知識や言葉だけが先行し、経験や視野の広さなどが欠けた、片輪走行みたいなイメージです。
私は哲学の専門家ではありません。
ただ、哲学というのは、自分の悩みをそのまま「人間とは何か」「生きる意味とは何か」と大きくすることではなく、もう少し自分から距離を置いて、人間や社会、生活などの営みを俯瞰しながら、「なぜ人間はこういう行動をするのか」「こういう考え方にはどんな意味があるのか」と考えていくものなのではないか、と思っています。
息子の場合は、そういう俯瞰というより、自分の身の回りで起きていることをどんどん一般化していき、最後には「人間はなぜ生きているのか」というところまで持っていっていました。
もちろん本人は真剣に考えています。だから「考えていない」とは全く思いません。
ただ、親からすると、哲学というより哲学の皮をかぶった中二病みたいなものに見えてしまったんです。
「思考力がなくなる」とは逆だった
最近、YouTubeなどでも子供のAI使用に関する動画が数多く出回っています。
私は全てを見たわけではないため断言できませんが、AIを子供が利用することへの反対意見の多くは、「AIを使うと子供が思考をしなくなる」というものです。または、「子供が馬鹿になる」という論調もよく見かけます。
実際に使ってみると、決してそんなこともなく、使い方次第といった印象です。
作文や論文や勉強を丸写しは駄目ですよ?
でも、自分が仕上げた作品を第三者的に指摘してもらったり、新しいことにチャレンジする際に「どうやればいいのか?」「安心して無料で使えるツールを教えてほしい」といったことを聞いたりする。
そういった、チャレンジしやすいきっかけを与えてくれるメリットは大きいと思います。しかし、息子の場合は、思考がどんどん違う方向性にいき、考えがいびつにねじ曲がっていった印象でした。
もちろん、思春期が重なっているということもありえます。
AIを使い始めてから、加速度的に思考の方向が変わっていったように感じたことは事実です。
後々聞いたところ、「虚無主義」や「ニヒリズム」など、AIから「あなたはそれにあてはまる」と教えてもらったと息子は話していました。
AIがなくても、いずれそこにたどり着いた可能性はあります。
ただ、そこにたどり着くまでの時間は圧倒的に早かったですし、そこからの考えのねじ曲がり方も激しかったです。
AIによる「万能感」も気になった
AIを使えば、今まで専門家や専門のツールがなければできなかったことも、簡単にできるようになりました。しかし、それを仕事や人に提出するものとして使う、もしくは作品として出すとなると、結構厳しいものがあります。
ゲームや動画も、AIを使えば簡単なものは作れます。しかし、あくまでも「それっぽい何か」が出来上がるという印象です。子供がお試しでやってみるのであれば、非常に有効だと思います。
実際、息子もAIにコードを書いてもらい、ブラウザゲームを作っていました。「AIすごすぎ」と思える体験としては、かなり面白いものです。ただ、息子はあるとき、
「AIがあれば信長の野望程度のゲーム、簡単に作れるんじゃない?」「ゲームなんて簡単にAIで作れるし」と言っていました。これは要注意です。
AIを使えば、それっぽいゲームを作ることはできます。でも、実際に多くの人に遊んでもらえるゲームを作るとなると、ゲームの設計、プログラミング、グラフィック、音楽、操作性、バグの修正など、いろいろな知識や技術が必要になります。
AIを使うことで、これまでよりチャレンジのハードルが下がったのは間違いありません。AIがあれば簡単にすべてできると、変な万能感と傲慢な思考を持ってしまう可能性があります。
チャレンジするきっかけとしてAIを使うのは非常に有効です。一方で、AIを神聖化してしまい、「AIができる=誰でも簡単にできる」となってしまう。これもまた、AIを子供に使わせるうえでのリスクの一つなのではないかと思いました。
現実の息子にも少しずつ変化が出てきた
ニヒリズムや虚無主義など、エセ哲学のようなことをAIと一緒にどんどん掘り下げるようになってから、現実の息子にも少しずつ変化が出てきました。
- 何をやるにしてもため息をつく
- 二言目には「疲れた」と言う
- なんでも文句や揶揄を言うようになる
- 何かを断ると「生きていても仕方なくない?」などと言う
- 勉強はあくびをしながらやり、字も読めないくらい汚くなる
- 勉強の間違いが増え、叱っても「何が悪いの?」と言う
- 全体的に人を舐めたような態度になり、挨拶なども無視するようになる
親からすると、明らかに以前とは違う感じです。後ほど聞いたところ、学校の友達や先生にも似たような態度をとっていたらしいです。
もちろん、ちょうど思春期と重なっている時期です。そのため、これらすべてがAIの影響だとは思っていません。ただ、このような態度になり始めた時期と、AIを使ってニヒリズムや虚無主義などについて深く考えるようになった時期が重なっていたのは事実です。
それまでの息子は、嫌なことがあっても、漫画を読んだりゲームをしたり、家族に愚痴を言ったりしているうちに、いつの間にか気持ちが戻っていることが多かったです。
ところが、この頃は嫌なことがあると、そこからさらに考え込んでしまう。
そして、考えれば考えるほど、現実のことまで「どうせ意味がない」という方向に持っていってしまう。親から見ると、そんな変化に見えました。
親子で2時間くらい話した
現実にも影響を及ぼし、そしてどんどん加速度的に悪化しているのを見て、ここは早めに手を打たなければまずいと直感的に感じました。私だけでなく夫も同じように感じていたようで、夫から息子にかなり厳しく説教をしてもらいました。
- AIを使って悩み相談をするのはいい。でも、お前はやりすぎだ。一日中やっているだろ
- そんなにやって、結局何を得た?お前はそれですっきりしたか?
- 自称哲学的な話をして、お前にとって何がプラスになった?
- 最近の態度や行動を思い出してみろ。ため息ばかりついて、「生きる意味とは?」みたいなことをずっと言っているな。聞いている方がどう思うか考えたことあるか?もしかして、それがカッコいいや、そういう言葉を言ったら周りが助けてくれると思っていないか?はっきり言って、うざい以外に何も感じない。嫌われたいならやればいいけど、そうじゃないなら何もプラスにならない。
- お前は思考力があって、頭は悪くないと思う。だけど経験が足りない。知識ばかり先行しているけど、虚無主義みたいな人が本当はどういう状況で、どんな人なのか想像つくか?イメージできるか?見たことあるか?
など、最近の言動とAIに対しての向き合い方について、かなり熱く厳しく説教をしていました。最初は不貞腐れたような印象でしたが、2時間くらい話しているうちに、最終的には泣きながらうなずいていました。親から見ても、納得しているようには見えました。
本人も、「哲学的な話は、AIは薄くて駄目なんだね」と話していました。もちろん、これで全部が解決したわけではありません。
ただ、少なくとも「AIに聞けば、もっと深く考えられる」という状態から、一度立ち止まるきっかけにはなったと思います。
我が家ではAIをいったん禁止することにした
我が家では一部のAIを禁止することにしました。AIに悩み相談&哲学的な話は禁止ということです。逆に音楽を作るツールや動画作成ツールの使い方など、普通の検索に近い使い方については今のところ様子見です。
すると、息子はAIだけでなくパソコンにも触れなくなりました。かなり極端ですね…読書や妹とじゃれて時間をつぶしていますが、手持ち無沙汰にしている姿も結構見かけました。AIを使わないで変な方向へ思考されるのも嫌なのでパソコンゲームを勧めます。
「信長の野望 覇王」は無料でできますし歴史すきの息子にはうってつけだと思いダウンロードを一緒にしました。
すると動画でやり方などを調べながら楽しそうに遊んでいました。本人曰く「まぁまぁ面白い」とのことです。また、先ほどの「AIがあれば信長の野望程度のゲーム、簡単に作れるんじゃない?」の発言も時々飛び出したので、AI脳は抜け切れていないと思います。
一回の説教だけでは思考や思想がガラッと変わることはないと思うので、じっくりと見ていきたいですね。
ちなみに小学3年生の妹はAIに興味すらない
娘は小学3年生なので、まだ参考程度の話ですが、AIについてはさほど興味がありません。息子がAIを使ってゲームを作っていたときは「私も作る!」と言ってマネしていましたが、それ以外でAIを利用することは、検索と似たような使い方をたまにする程度です。
彼女はパソコンを使って、ゲームや動画を見ることがほとんど。今のところ、AIを思考を深めるための道具として使うことはありません。
もともと、学校についてあれこれ悩むタイプでもありませんし、息子のように一つのことを深く考え続けるタイプでもありません。そのため、そもそもAIに相談しようと思わないのかもしれません。ちなみに、「AIに悩み相談をするのはどう?」と聞いてみたところ「ん?やらない」とのこと。
兄が「生きる意味が……」などと言いながら、ため息ばかりついていた時期には、物凄く嫌そうな顔をして、「うざいしキモイ」と言っていました。兄はAIを使って哲学的なことを考え、妹は兄の哲学的な話を聞いて「うざいしキモイ」。同じ家で、同じようにAIを使える環境でも、ここまで違います。
やはり、AIを子供に使わせる場合も、子供によって使い方や影響はかなり違うのだと思います。
AIは「気軽すぎる専門家」になってしまう
今回、息子を見ていてもう一つ怖いと思ったのが、AIに悩み相談をするハードルの低さです。
AIは、とにかく気軽です。わざわざ誰かに会いに行く必要もありません。親に相談する必要もない。何を言っても怒られませんし、同じことを何回聞いても嫌な顔をされません。
いわば、「専門家に相談しているような感覚」を、ものすごく気軽に利用できてしまいます。もちろん、AIは本物の専門家ではありません。
ただ、こちらが悩みを話せば、それらしい言葉で整理してくれます。そして、「こういう可能性もあります」「あなたはこういう状態なのかもしれません」と、いくつものパターンを提示してきます。
ここが、子供には少し怖いのではないかと思いました。例えば、息子が実際にスクールカウンセラーに相談したときは、「大人はもう少し自分の頑張りを褒めてほしい」といったことを話していたそうです。
これは、かなりかわいい悩みですよね。
また、学校について相談するとしても「クラスの友達の絡みがしつこくて嫌なんだけど」「授業中にうるさくされるのが嫌なんだけど」といった、現実的な話のほうがしやすいと思います。ところが、これをAIに相談するとします。
「自分は感情が弱い人間なのではないか?」
「自分は人間としておかしいのではないか?」
「自分の考え方は普通ではないのか?」
そんなことまで、簡単に入力できます。対面でスクールカウンセラーに向かって、「自分は人間として頭がおかしいのでしょうか?」と小学生が聞くには、それなりの勇気が必要でしょう。でも、AIならキーボードに打ち込むだけです。そしてAIは、こちらが聞けば答えてくれます。
さらに怖いのは、その答えの中にいくつものパターンが出てくることです。人間は、その中から一番気になったもの、一番悪いものに目が行ってしまうことがあります。
「もしかして、自分は○○なのか?」そう思ったら、次の質問はそこから始まります。すると、次の回答もまたいくつかの可能性を提示してくれる。その中の一番気になるものを、また次の質問にする。
こうやって「ちょっとクラスのノリが嫌だ」という程度だったものが「自分は周りの人間と合わないのではないか」「自分は感情が弱いのではないか」「人間とは何なのか」「生きる意味とは何なのか」と、どんどん話が大きくなっていく。
本人からすると、自分で考えて一つずつ答えを出していったような感覚になると思います。そして実際に考えてはいるのでしょう。最初のAIの回答で提示された「いくつもの可能性」の中から、一番気になったものを選び、次の質問につなげている可能性もあります。
つまり「自分の考えをAIに提示された選択肢によって、少しずつ誘導されてしまい歪ませていく」そんな感じです。もちろん、現実の人間との会話でも同じようなことはあります。
精神科医やカウンセラーと毎日話して、一つの悩みを毎日何時間も掘り下げていれば、同じようにその問題について考え続けるようになるかもしれません。
ただ、普通はそこまで気軽にできません。そもそも、物凄く悩んでいなければ専門家のところまで足を運びません。友達に愚痴を言ったり、親に話したり、漫画を読んだり、ゲームをしたり、寝たりしているうちに、「まあ、いいか」と自然に消化してしまうことも多いと思います。
AIは、そのハードルを全部取っ払ってしまいます。ちょっとした愚痴でも、深い悩みでも、人生についての疑問でも、同じように気軽に話せる。しかも、何度でも。今回の息子を見ていて、私はここがAIの怖いところの一つなのではないかと思いました。
まとめ――AIは便利。でも「考える子供」だからこその危うさもあるのかもしれない
AIを利用することによって興味の範囲が広がり、気にはなっていたものの、今まではやる手段がなくて諦めていたことにも、チャレンジする意欲は出たと思います。また、文章や論文などを第三者目線で見てもらえるのもいいですね。
しかし、我が家の場合は、知識が増えすぎたことによって情報過多になり、思考が思わぬ方向へと歪んでいったように感じるデメリットもありました。もともとそういう素質がある子供がAIを使うことで、さらに加速度的に進んでしまう恐れもあるのかもしれません。
小学生がAIを利用することを、すべて否定するつもりはありません。むしろ、AIは便利ですし、子供が新しいことにチャレンジするきっかけにもなります。ただ、AIは簡単に大量の知識や情報を得られたり、今まで難しかったことを簡単に試せたりする道具です。そのため、いろいろなことが加速度的に進んでしまうことがあります。
AIとの会話が、変な方向に向かっていないか?子供がAIを使うときは、使わせっぱなしにするのではなく、大人がしっかりと見ておき、時には止める必要があるのだと思いました。
今回、我が家ではAIの利用を一度制限することにしました。AIそのものが悪いというより、息子の場合は「考える力」があるからこそ、AIによって考えることがどんどん加速してしまい、思春期も重なり、思わぬ方向へ歪んでしまいました。また、経験が追いつかないまま、知識や言葉だけが先に進んでしまった印象です。
AIはとても便利です。だからこそ、思考力がなくなるだけではなく、思考が深くなることにも要注意です。今回の我が家の経験から、そんなことを感じました。
※子供が悩んでいるとき、意外と参考になりそうな本です。

